タクシーのカスハラ対策|結論
この記事の結論
2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法によりカスタマーハラスメント(カスハラ)対策がタクシー会社を含むすべての事業主の義務になりました。
厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は、方針の明確化と周知、相談窓口の整備、発生後の迅速な対応、悪質な行為への対処方針の事前決定など10項目の措置を求めています。
タクシー業界では、国土交通省が2023年8月に車内の乗務員氏名の掲示義務を廃止し、運転者証の利用者側の面から氏名と顔写真を外しました。東京ハイヤー・タクシー協会は2026年3月に業界の基本方針と会員向けマニュアルを策定し、全国ハイヤー・タクシー連合会も基本方針を公表しています。
求職者にとっては、応募先の会社が方針と相談窓口を持っているか、車内の防犯設備がどうなっているかが確認のポイントです。
タクシーは密室で、お客様と1対1になる時間が長い仕事です。暴言や長時間の拘束、無断での撮影といった行為への不安から、応募をためらう人もいるでしょう。
この記事では、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」と法改正の公表資料、東京都の条例、国土交通省の省令改正、業界団体と会社の公表した基本方針という一次情報だけを使い、タクシー乗務員を守る仕組みがいまどこまで整っているかを整理します。個別の被害の体験談は扱いません。
カスハラとは|国の定義と「正当なクレーム」との線引き
厚生労働省のマニュアルによると、指針は職場におけるカスタマーハラスメントを、職場において行われる「①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」で、①から③の要素をすべて満たすものと定義しています。電話やSNSなどインターネット上で行われるものも含まれます。
一方で、マニュアルは「顧客等からの苦情の全てがカスタマーハラスメントに該当するわけではなく」、社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れだとしています。障害のある人が不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を求める意思表示はカスハラに当たらないことも明記されています。
マニュアルが「手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えた」言動の典型例として挙げるもののうち、タクシーの車内で起こり得るものを抜き出すと次のとおりです。
| 区分(厚生労働省マニュアル) | 典型例として挙げられている行為 |
|---|---|
| 身体的な攻撃 | 殴る、蹴る、叩く等の暴行、物を投げつける、つばを吐きかける |
| 精神的な攻撃 | SNS等への悪評の投稿をほのめかして脅す、労働者のプライバシーに係る情報の投稿、人格を否定する言動、土下座の強要、盗撮や無断での撮影 |
| 威圧的な言動 | 大きな声をあげて威圧する、反社会的な言動 |
| 継続的、執拗な言動 | 同様の質問を執拗に繰り返す |
マニュアルは、要求内容に妥当性がある場合でも、その言動が「暴力的・威圧的・継続的・拘束的である場合は」社会通念上許容される範囲を超えると考えられるとしています。
2026年10月の義務化|会社が講じなければならない10の措置
2025年(令和7年)6月に労働施策総合推進法が改正され(令和7年法律第63号)、カスハラについて事業主が雇用管理上必要な措置を講じることが義務になりました。厚生労働省のマニュアルは、施行日を令和8年(2026年)10月1日としています。マニュアルは対象を「業種・業態を問わず、すべての事業主」とし、対応が不十分な場合は「都道府県労働局による助言・指導・勧告の対象となり得ます」と説明しています。
| 分類 | 指針で会社に義務づけられた措置(マニュアルの番号) |
|---|---|
| 方針の明確化と周知・啓発 | ①毅然とした態度で対応し労働者を保護する方針を明確にし周知する ②カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を周知する |
| 相談体制の整備 | ③相談窓口をあらかじめ定めて周知する ④相談窓口の担当者が適切に対応できるようにする |
| 事後の迅速・適切な対応 | ⑤事実関係を迅速・正確に確認する ⑥被害者への配慮の措置を適正に行う ⑦再発防止の措置を講じる |
| 抑止のための措置 | ⑧特に悪質なカスハラへの対処方針をあらかじめ定め、周知し、対処できる体制を整える |
| あわせて講じる措置 | ⑨相談者等のプライバシー保護 ⑩相談したこと等を理由に不利益な取扱いをしない旨を定め、周知する |
マニュアルはさらに、使用者には労働契約法5条に基づく安全配慮義務があり、対応を怠って従業員の心身に被害が生じた場合は損害賠償を請求される可能性があること、カスハラで怪我をしたり精神障害を発病したりした場合は労災保険の対象になることも説明しています。
厚生労働省の「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(マニュアルに掲載)では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為について従業員から相談があった企業は27.9%、勤務先で顧客等からの著しい迷惑行為を一度以上経験した労働者は10.8%でした。タクシー業だけを取り出した数字は、確認できた範囲では公表されていません。
タクシー運転手の求人をチェック
求人一覧を見る東京都カスタマー・ハラスメント防止条例|2025年4月施行
国の法改正に先立ち、東京都は「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(令和6年条例第140号)を2025年4月1日に施行しました。条例はカスハラを「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義し、著しい迷惑行為を「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」としています。
第4条は「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」と定め、第9条は事業者に対し、就業者がカスハラを受けた場合に「速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない」としています。
条例には罰則はありません。東京都のQ&Aは、罰則のない理由を啓発に重点を置いた条例だからと説明したうえで、「行為によっては、傷害罪、強要罪、名誉棄損罪などの犯罪に該当する可能性があり、刑法等に基づき処罰されるものと考えています」としています。
タクシー業界の取組み|国交省の省令改正と業界団体の基本方針
タクシー特有の対策として、国と業界団体が公表している取組みは次のとおりです。
| 時期 | 主体 | 内容 |
|---|---|---|
| 2023年8月1日 | 国土交通省 | バス・タクシー車内の乗務員等の氏名の掲示義務を廃止。タクシーの運転者証の様式を変え、利用者に表示する面から氏名・顔写真・運転免許証の有効期限を削除(氏名等は利用者から見えない面に記載) |
| 2025年1月 | 国土交通省(総合政策局) | カスハラ対策の取組資料で、タクシー業界は「事業者単位でカスタマーハラスメントに対する考え方を明示している例がある」と整理し、日本交通の基本方針を紹介 |
| 2026年3月 | 東京ハイヤー・タクシー協会 | 「タクシー業におけるカスタマー・ハラスメントに対する基本方針」と会員事業者向けの業界団体マニュアルを策定。車内に掲出する啓発ステッカーと啓発動画を制作(東京運輸支局・東京労働局・東京都産業労働局・警視庁が後援) |
| 2026年3月公表 | 全国ハイヤー・タクシー連合会 | 連合会としての「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を公表 |
国土交通省は氏名掲示の廃止について、「旅客の利便の確保を図りつつ、乗務員等のプライバシーにも配慮し、安心して働ける職場環境の整備を促進します」と説明しています。
東京ハイヤー・タクシー協会の基本方針の中身
東京ハイヤー・タクシー協会の基本方針は、乗務員だけでなく配車オペレーターや営業所管理者も対象とし、カスハラの例として暴力行為、人格を否定する暴言、威嚇・脅迫、土下座の強要、降車拒否や電話での過剰な長時間要求などの不当な長時間拘束、割引・不当な補償要求、盗撮や無断での撮影、SNS等への誹謗中傷的な投稿、つきまとい行為などを挙げています。
会員企業の取組みとしては、カスハラを受けた従業員の心身のケアを最優先すること、研修の実施、相談窓口の設置と警察・弁護士等との連携、安心して報告できる仕組みの構築、方針に基づく正当な対応について従業員を不利益に扱わないことなどを掲げています。そのうえで、カスハラに該当し「法令及び運送約款等に基づき正当な理由があると認められる場合には、対応を打ち切り、以降の乗車・配車・サービス提供をお断りする場合があります」としています。サービス改善につながる正当な意見には引き続き真摯に対応する、とも明記されています。
乗務員は乗車を断れるのか|道路運送法と運送約款のルール
タクシーには「運送引受義務」があり、道路運送法13条は、運送約款によらない申込み、法令や公の秩序・善良の風俗に反する運送、天災などのやむを得ない事由、国土交通省令で定める正当な事由などの場合を除いて、運送の引受けを拒絶してはならないとしています。カスハラ対策の基本方針も「法令及び運送約款等に基づき」という条件をつけているのはこのためです。
国土交通省の一般乗用旅客自動車運送事業標準運送約款(最新の一部改正は令和8年4月10日 国土交通省告示第539号)の第4条は、運送の引受けや継続を拒絶できる場合として、運送が法令の規定や公の秩序・善良の風俗に反するとき、旅客が乗務員の運輸規則に基づく措置に従わないとき、行先を明瞭に告げられないほど、または人の助けなしでは歩行が困難なほど泥酔しているとき、などを挙げています。禁煙車両での喫煙をやめない旅客についても、運送の引受けや継続を拒絶することがあると定めています(第4条の2)。
標準運送約款の条文に「カスタマーハラスメント」という言葉は入っていません。どこまでを拒絶の対象とするかは、各社が定める基本方針や運送約款、社内マニュアルで具体化されている段階です。入社後に迷わないよう、会社の対応手順を研修で確認しておくことが大切です。
求人を選ぶときの確認ポイント
2026年10月以降、カスハラへの措置はすべての会社の義務です。そのうえで、実際の運用には会社ごとの差が出ます。面接や会社説明会では次の点を確認してください。
- 基本方針の有無:会社としてカスハラへの基本方針を公表しているか。運送約款のページなどに掲載している会社もあります。
- 相談窓口と報告の流れ:乗務中にトラブルが起きたとき、どこに連絡し、誰が引き継ぐのか。配車センターや営業所の対応体制。
- 乗車を断る基準:どんな場合に運送の引受けや継続を断ってよいか、研修で具体的に教えているか。
- 車内の設備:防犯カメラ、ドライブレコーダー、防犯仕切板、緊急通報装置の有無。都道府県別の普及率はタクシー運転手はきつい?統計で見る実態にまとめています。
- 被害後のケア:休みの取り方や心身のケア、労災の手続きを会社がどう支援するか。
お客様との接し方は、乗り方や営業の仕方によっても変わります。流し・付け待ち・配車アプリなど営業方法ごとの違いはタクシーの流し・付け待ち・無線配車の違いで解説しています。安心して働ける会社を探すときはタクシードライバー求人や法人タクシーの求人から、未経験の方は未経験歓迎の求人から募集要項を比べてください。
出典・一次情報
本記事の制度と取組みは、次の公表資料に基づいています(いずれも2026年10月閲覧)。
- 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」 mhlw.go.jp(PDF)
- 厚生労働省「令和7年の労働施策総合推進法等の一部改正について」(令和7年法律第63号、施行期日政令 令和8年政令第17号ほか) mhlw.go.jp
- 東京都「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(令和6年10月11日 条例第140号) 東京都例規集/東京都産業労働局「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例 Q&A」 hataraku.metro.tokyo.lg.jp(PDF)
- 国土交通省 報道発表「バス、タクシーなどの車内における乗務員等の氏名表示がなくなります!」(令和5年8月1日) mlit.go.jp
- 国土交通省総合政策局「国土交通省におけるカスタマーハラスメント対策の主な取組について」(令和7年1月17日) mhlw.go.jp(PDF)
- 一般社団法人東京ハイヤー・タクシー協会「タクシー業におけるカスタマー・ハラスメント防止への対応について」(令和8年3月) taxi-tokyo.or.jp(PDF)
- 一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会「カスタマーハラスメントに対する基本方針」(2026年3月掲載) taxi-japan.or.jp(PDF)
- 日本交通株式会社「カスタマーハラスメントへの対応に関する基本方針」 nihon-kotsu.co.jp
- e-Gov法令検索「道路運送法」(13条) laws.e-gov.go.jp/国土交通省「一般乗用旅客自動車運送事業標準運送約款」(令和8年4月10日 国土交通省告示第539号による改正後) mlit.go.jp(PDF)



